正義中毒とは?中野信子『人は、なぜ他人を許せないのか?』を読み解く|職場・家族・SNSで「許せない」に飲まれない方法
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会議に毎回遅れてくる同僚。こちらの段取りを平気で崩す家族。SNSで流れてきた、マナーの悪い誰かの動画。「どうしてあんなことができるの」と思った瞬間、胸の奥が熱くなって、しばらくそのことが頭から離れない。そんな経験は、誰にでもあるはずです。
脳科学者の中野信子さんは、『人は、なぜ他人を許せないのか?』(アスコム、2020年)で、この「許せない」という感情を脳の仕組みから説明しました。自分が正しいと確信して誰かを叩くとき、脳の中では快感が生まれていて、それは依存症によく似た構造をしている。中野さんはこの状態を「正義中毒」と呼んでいます。この言葉は2020年の刊行をきっかけに広く知られるようになり、2024年には文庫の新版も出ました。
本記事では、本の章立てをそのままなぞるのではなく、「正義中毒とは何か」「なぜ脳はやめられないのか」「なぜSNSで燃え広がるのか」「年齢とどう関係するのか」「どうすれば飲まれずにいられるのか」という問いに組み替えて読み解きます。説明は筆者の言葉で書き、例は職場・家族・SNSの場面に置き換えました。本文中のページ番号は、2020年刊のアスコム版のものです。
この記事のポイント
- 自分が正しいと確信して誰かを叩くと、脳は快感を得る。中野さんはこれを「正義中毒」と呼び、依存症とよく似た構造だと説明する(p.3、p.6、p.120)
- 人の脳はもともと、自分の集団を守るために対立するようにできている。SNSは、昔からあった「許せない」を目に見える形にした(p.24–25、p.100、p.110)
- 抜け出す鍵は、自分を外から眺める「メタ認知」。新しい体験、レッテルを貼らないこと、他人に一貫性を求めないこと、物事を対立ではなく並列で見ることが助けになる(p.178–212)
こんな人に:職場や家族の「許せない」に疲れている人/SNSの炎上を見ると心がざわつく人/年齢とともに怒りっぽくなった気がしている人
PR|この記事で読み解いた本は、旧版・新版ともAudibleの聴き放題で聴けます(新版の朗読は約4時間40分。2026年10月16日確認)。Audibleの30日間無料体験を見る
この本はどんな本か――脳科学者が「許せない」を解剖する
著者の中野信子さんは、脳科学者で医学博士です。テレビ番組のコメンテーターとしても知られ、人間の感情や人間関係を脳の働きから読み解く一般向けの本を多く書いてきました。
本書は2020年1月にアスコムから出版されました。はじめに、中野さんはテレビやネットで繰り返される騒ぎを例に挙げます。タレントの不倫、飲食店のアルバイトが投稿した悪ふざけの動画、企業広告の差別的な表現。どれも批判されて当然の面はあるにせよ、叩く側の熱はなかなか収まらず、相手が一般の人であっても個人情報までさらされてしまうことがある。その背景には何があるのか、というのが出発点です(p.4–6)。
構成は四章です。第1章でネット時代の「正義」の暴走を、第2章で日本社会の特性との関係を、第3章で脳の仕組みを、第4章で正義中毒から自分を解放する方法を扱います。理論の中心は第3章、実践の中心は第4章で、この二つの章が全体の半分以上を占めます。
中野さんが強調するのは、正義中毒は一部の困った人の問題ではない、という点です。脳に備わった仕組みである以上、誰でも陥る可能性があり、自分が叩かれる側に回ることもある(p.7–8)。だから本書は、他人を断罪するための本ではなく、自分の中の「許せない」と付き合うための本として書かれています。脳科学の知見から、正義中毒が苦しいと感じている人に何らかの救いを届けたい、と中野さんは書いています(p.11)。
問い1 「正義中毒」とは何か――快感としての「許せない」
本書の冒頭には、「我こそは正義」(p.3)という言葉を掲げた見出しがあります。自分の正しさを確信した瞬間から、正義中毒は始まる。これが本書の出発点です。中野さんは、正義に溺れたこの状態を、依存症とほとんど同じ認知の構造をしていると説明します(p.6)。
依存症と同じ、とはどういうことでしょうか。お酒やギャンブルの依存では、行為そのものより、それによって得られる快感が人を引き寄せます。正義中毒も同じで、誰かを「間違っている」と断じて叩くとき、脳は報酬を受け取っている。そう考えると、一度叩いただけでは終わらず、次の標的を探してしまう人がいるのも腑に落ちます。ネットで炎上が起きるたびに、似たような言葉が一斉に飛び交う光景も、この仕組みを当てはめると見え方が変わってきます。
中野さんは、正義中毒が起きやすい条件も挙げています。相手がわかりやすい失敗をしていること、そして、いくら攻撃しても自分の立場が脅かされる心配がないこと。この二つが重なると、正義を振りかざす格好の機会になる(p.7)。匿名で、遠くから、反撃されない場所から叩ける。SNSは、この条件を誰にでも揃えてしまう場所です。
たとえば、職場で後輩が提出物の期限を守らなかったとします。注意するのは必要なことです。けれど、その話を別の同僚に何度も繰り返し、本人のいないところで「ああいう人だから」と評価を固めていく。そのとき感じているのは、仕事を正したいという気持ちだけでしょうか。どこかで、自分が正しい側に立っている心地よさを味わってはいないか。本書は、そうした自分の内側の動きに気づくための手がかりをくれます。
問い2 なぜ脳は「許せない」をやめられないのか
脳は対立するようにできている
第3章の最初で、中野さんは人間の脳は対立するようにできている、と書きます(p.100)。理由は集団にあります。人間は一人では弱く、集団をつくることで生き延びてきた生き物です。だからこそ、ある集団に属していること、そしてその集団が続いていくことそのものが、何より優先すべき「正義」になる(p.110–111)。自分の好みの正義があるから集団に入るのではなく、集団にいることが正義になってしまうのです。
叩くと快感が生まれる仕組み
では、なぜ快感が生まれるのか。中野さんは、ドーパミンという神経伝達物質の働きを挙げます。ドーパミンは快楽や意欲に関わる物質です。自分の集団を守るために他の集団を攻撃する行為は、社会性を保つための正しい行いだと脳に認識されている。だから攻撃すればするほどドーパミンによる快楽が得られ、やめられなくなる(p.120)。自分たちの正義の基準から外れた人を「悪人」として叩くことに、快感が生まれるようになっているのです(p.120–121)。
なお、「正義中毒」は医学的な診断名ではありません。ドーパミンをめぐる説明も、脳の働きから人の行動を読み解くための著者の見立てとして受け取るのがよいでしょう。それでも、「叩くと気持ちがいい」という感覚に名前がつくだけで、自分を観察する手がかりになります。
中野さんは、自分自身の体験も書いています。自分もまた、いとも簡単に相手にレッテルを貼り、憎しみに近い状態へ持っていかれそうになった、と(p.102–104)。脳科学者でさえそうなるのだから、私たちが無縁でいられるはずはありません。
バイアスは「脳の手抜き」
もう一つの説明が、バイアス(偏見)です。人は誰でも、仲間とそうでない人を分けて見てしまう。中野さんは、これを強い悪意というより、脳の手抜きとして捉えています(p.133–134)。いちいち一人ひとりを見て判断するのは、脳にとって負担が大きい。だから「あの人たちはこうだ」とひとまとめにして処理してしまうのです。
その結果、人は身内には甘く、それ以外の人には厳しくなります(p.136)。同じミスでも、仲のいい同僚がすれば「疲れていたんだろう」と思い、苦手な同僚がすれば「やっぱりね」と思う。心当たりのある人は多いのではないでしょうか。
近い人ほど、許せなくなる
第3章には、違いがあるからこそ惹かれ合い、その同じ違いが憎しみに変わる人たちを扱った節があります(p.106)。続く節には、どんな天才も近づけば「ただの人」(p.108)になる、という見出しが立てられています。
筆者はここに、家族や長く一緒に働く同僚との関係を考えるヒントがあると感じます。遠くの有名人の失敗には一瞬腹を立てて終わりでも、毎日顔を合わせる相手の小さな癖は、積み重なって「許せない」に育っていく。近さそのものが、許せなさを生みやすい条件なのです。だから、身近な人ほど、ときどき距離を取ることが必要になります。
一度言ったことは変えられない
さらに厄介なのが「一貫性の原理」です。人は、自分が言い続けてきたこと、やり続けてきたこと、信じ続けてきたことを、なかなか変えられない(p.155)。一度「あの人は許せない」と口にすると、その判断を変えることが、自分を否定するように感じられてしまう。こうして「許せない」は、時間がたつほど固くなっていきます。
そして、理性と直感がぶつかると、ほとんどの場合は理性が負ける、とも中野さんは書いています(p.147)。「冷静にならなきゃ」と頭でわかっていても、怒りが先に走るのは、意志が弱いからというより、脳の仕組みとしてそうなりやすいからだと考えられます。
人の不幸を喜ぶ気持ちを、脳科学から考えた記事:なぜ人の不幸が蜜の味?シャーデンフロイデを脳科学で解説
問い3 なぜSNSで燃え広がるのか
中野さんは、誰かを許せないという状況そのものは、人間が社会をつくってきた歴史とともに常にあっただろう、と書きます。それを「見える化」してしまったのが、インターネット、とりわけSNSの普及だというのです(p.24–25)。昔なら近所や職場の噂話で終わっていた「許せない」が、今は見知らぬ何万人の目に触れ、同じ気持ちの人どうしで増幅されていきます。
ネットには、増幅をさらに強める仕組みもあります。人は自分の考えに合う情報ばかりを集め、合わない情報を無視しがちです。これを確証バイアスと呼び、ネット社会はこれを増長させる、と中野さんは指摘します(p.142–143)。SNSのおすすめ機能も、似た意見に触れる機会を増やしやすいと言われます。そうなると「みんなもそう思っている」という確信が強まり、反対側の人がますます理解できない存在に見えてくる。
中野さんは、多様性の大切さにも触れています。異なるものを排除して均質になった集団は、短期的には効率が上がり成功するように見えても、長い進化の歴史の中では滅びに向かう。種として健全に続いていくには、ある程度の多様性を抱えておいた方がよい(p.38–40)。SNSで異論を叩き出し、同じ意見の人だけが残る空間は、まさにこの均質化の小さな実験場なのかもしれません。
たとえば、子育てのやり方をめぐる投稿に、厳しいコメントが殺到しているのを見かけたとします。読んでいるうちに、自分も一言書き込みたくなる。そのときこそ、本書の視点が役に立ちます。この書き込みは誰のためなのか。投稿した人を助けるためか、それとも、正しい側に立つ快感のためか。指を止めて数秒考えるだけで、正義中毒の連鎖から一歩外に出られます。
SNSでつい人と比べてしまうときのための記事:人と比べてしまう自分がつらいとき|40代がSNS時代を軽やかに生きる5つの方法
問い4 「日本の空気」と許せなさ――第2章の読み方
第2章で、中野さんは日本社会の特性と「正義」の関係を論じます。日本人は摩擦を恐れるあまり自分の主張を控え、集団の和を乱すことを極力避ける傾向が強い、というのが中野さんの見立てです(p.47)。この傾向と結びつけて、本書では「優秀な愚か者」(p.47)という言葉も使われています。和を乱さないことが何より優先される場では、正しさより空気が勝ちやすい。筆者はそう読みました。
また、集団の中では同調圧力によって、一人なら決してしないような決定をしてしまうことがある、とも書きます。その例として、権威への服従を調べた有名なアイヒマン実験が紹介されています(p.70–71)。
この章は、日本人論として読むと議論が分かれる部分を含んでいます。中野さんは、集団で生き延びる方が有利だった歴史が日本人の性質に根づいている、という仮説的な見方も示していますが(p.60)、こうした国民性の説明は、一人ひとりの違いを見えにくくする面もあります。本記事では、この章を「自分の周りの空気が、自分の許せなさをどう強めているか」を点検する材料として読むことを勧めます。職場で「みんなが怒っているから自分も怒る」とき、その怒りは本当に自分のものか。そう問い直すきっかけになります。
問い5 年を重ねると、許せなくなるのか――40代への問い
40代の読者にとって、本書で最もどきりとするのは第3章後半から第4章前半かもしれません。中野さんは、加齢とともに思考が保守化すると言われる現象を、脳の老化から説明します(p.145–146)。ここでいう保守化は政治の話ではありません。もともと持っていた考えの傾向が年とともに純化され、それ以外の意見を自動的に退けてしまう、という思考の硬直のことです。
鍵を握るのは、おでこの奥にある前頭前野です。前頭前野は、長い目で先を見通したり、自分を客観的に眺めたりする、いわば脳の司令塔です(p.78、p.177)。中野さんによれば、脳が大人として完成するのは30歳ごろで、前頭前野がどのくらい発達しているか、あるいは衰えているかは、MRIで見ることができる(p.169)。そして前頭前野は、年齢とともに萎縮していきます(p.175)。
中野さんが挙げる一つのサインが、「昔は良かった」です。昔を懐かしむ気分にしょっちゅう浸るようなら、前頭前野が老化しているサインかもしれず、それは正義中毒と根が同じかもしれない(p.166)。脳は過去の記憶を都合よく書き換えるようにできていて、老化で前頭前野の働きが落ちると、新しいものを受け入れにくくなるからです(p.166–168)。
耳の痛い話ですが、中野さんは同時に、脳は経験によって変わることができる、とも書いています(p.173)。年齢は運命ではありません。親の口癖に「最近の若い人は」が増えてきたと感じたとき、あるいは自分の口から同じ言葉が出たとき、それを責めるのではなく、脳を少し動かす合図として受け取ればいいのです。
身近な人を許せない気持ちとの距離の取り方を考えた記事:親を赦せないまま、お盆が来る|「和解」でも「絶縁」でもない、第三の距離
問い6 どうすれば「許せない」に飲まれずにいられるか
本書の後半は、正義中毒から自分を解放するための提案にあてられています。科学の知見と、日常の習慣の両方からのアプローチです(p.162)。ここでは本の順番ではなく、「怒りがわいたその場で」「ふだんの過ごし方で」「相手の見方を変える」という三つの層に分けて、筆者の言葉で組み立て直してみます。
怒りがわいたその場で――もう一人の自分を呼ぶ
出発点は、自分がいま正義中毒になりかけていると気づくことです。中野さんは、そのいちばんわかりやすいサインとして、「相手を許せない!」(p.163)という強い気持ちそのものを挙げています。つまり、許せないと感じた瞬間こそが、行動に移す前に立ち止まる合図になるわけです。
そのとき働かせたいのが、本書が鍵として置くメタ認知です(p.204)。メタ認知とは、自分自身を客観的に認知する力のことで、前頭前野の大事な働きの一つとされます(p.177–178)。怒っている自分を、少し離れた場所からもう一人の自分が眺めている状態、と言い換えるとわかりやすいかもしれません。この力には生まれつきの差もあるものの、人との出会いによって育てられる、と中野さんは書いています(p.205)。自分と違う考えの人と、敵としてではなく出会うこと。それ自体が練習になるのです。
ふだんの過ごし方で――脳に「いつもと違う」を差し込む
その場で気づけるかどうかは、ふだんの前頭前野の状態にも左右されます。本書は、前頭前野を衰えさせないための工夫を、いくつかの角度から紹介しています(p.177–202)。筆者なりに束ね直すと、次のようになります。
- いつもの道を一本外れる:大きな挑戦でなくてかまいません。慣れたものばかり選ばず、少しだけ違うものを選ぶ(p.179)。通勤路を変える、普段読まないジャンルの本を開く、入ったことのない店に入る。慣れない環境は前頭前野をよく働かせる、というのが中野さんの説明で(p.182)、徳川家康と豊臣秀頼を対比した話も出てきます(p.186)。
- ひとくくりにしない:「あの人は○○だから」と決めてしまえば、相手について考えずに済むぶん、脳は省エネができます。その楽に流されないこと(p.193–194)。
- 予定に空白を残す:前頭前野を働かせるには余裕が欠かせない、とされます(p.195)。予定でいっぱいにするより、自分を振り返る余白を持つことが勧められています(p.179)。
- 体の土台を整える:食事は偏らずにとるのが原則で、中野さんはオメガ3脂肪酸に触れ、神経を包む髄鞘(ずいしょう)の材料になると説明しています(p.198–199)。睡眠は長さにこだわるより、不足を避け、短い休息や昼寝で補うことが大切だとしています(p.200–202)。
なお、食事や睡眠の工夫は病気の治療ではありません。体調に不安がある人は医師に相談してください。
相手の見方を変える――「同じであること」を求めない
本書の終盤には、もう一歩踏み込んだ提案があります。自分にも他人にも一貫性を求めない、というものです(p.207)。自分の正義を誰かに主張したり押しつけたりするのは、結局その人を縛ることになる。そして相手が期待どおりに振る舞わなかったとき、「そんな人だとは思わなかった」(p.210)という怒りが生まれる、と中野さんは見ています(p.207–210)。
この指摘は、家族に置き換えるとよくわかります。「母はいつも私の味方だったのに」「夫は昔はもっと優しかったのに」。相手が変わったことを、裏切りとして受け取ってしまう。けれど人は、年齢や状況によって変わっていくものです。筆者は、揺れ動くこと自体が人の自然な姿なのだと考えています。相手に一貫性を求めるのをやめたとき、許せなかったことの一部は、ただの「変化」に見えてくるかもしれません。
白か黒かを決めずに、横に並べておく
本書がたどり着くのは、物事を二つに分けて戦わせるのではなく、横に並べたまま扱うという考え方です(p.212)。正しいか間違っているか、味方か敵か。その二択から降りて、「そういう考え方もある」「こういう考え方もある」と並べておく。どちらかに決着をつけなくても、人は生きていけます。
たとえば職場で、ある業務のやり方をめぐって二つの意見が対立しているとします。どちらが正しいかを決めようとすると、議論は勝ち負けになり、負けた側には「許せない」が残ります。横に並べて考えるなら、まず両方のやり方の利点と弱点を書き出し、場面によって使い分ける余地がないかを探す。白黒をつけないことは、優柔不断ではなく、対立から抜け出すための技術でもあるのです。
あとがきで中野さんは、ジェーン・スーさんとのやりとりに触れながら、解決策のないものを考え続ける喜びについて書いています(p.217)。本書が差し出すのは、怒りを消す魔法ではなく、怒りと一緒に考え続けるための足場なのだと思います。
怒りそのものと付き合う技術を整理した記事:怒りを持て余す40代へ|「怒らない人」より、怒りを選べる人になる技術
40代が明日からできる三つのこと
本書の内容から、日常に移せることを三つにまとめます。
1. 「許せない」と思ったら、三つ数えて「いま気持ちいいか」と問う
強い「許せない」が来たら、すぐ言葉や行動にせず、三つ数えます。そして、いま自分は相手を正したいのか、それとも正しい側に立つ気持ちよさを味わっているのかを、自分に聞いてみる。気持ちよさに気づいた時点で、正義中毒から一歩外に出ています。
2. 「そんな人だとは思わなかった」を、「そういう面もある人だった」に言い換える
家族や友人、職場の誰かに裏切られたと感じたとき、心の中で言い換えてみます。相手に一貫性を求めるのをやめる、中野さんの提案の小さな実践です。許すかどうかを決める前に、相手を一色で塗りつぶさないことから始められます。
3. 週に一つ、「いつもと違うこと」をする
新しい店、新しい道、新しいジャンルの本。前頭前野を働かせる一番手軽な方法は、慣れたものから少し外れることです。「昔は良かった」が口癖になりかけていると感じたら、それを合図に、今週の「違うこと」を一つ決めてみてください。
読む前に知っておきたいこと――版の違いと読み方
旧版・新版・まんが版
本書には、2020年刊の単行本(アスコム、226ページ)と、2024年に加筆修正のうえ文庫化された新版(同社、260ページ)があります。新版は単行本をもとにした文庫で、手に取りやすい価格になっています。本記事のページ番号は2020年の単行本のものなので、新版で箇所を探すときは章と見出しを目安にしてください。正義中毒の考え方を漫画で読める『まんがでわかる正義中毒 人は、なぜ他人を許せないのか?』も出ています。
Audibleでも聴ける
旧版と新版はどちらもAudibleでオーディオブックになっていて、プレミアムプランの聴き放題の対象です(2026年10月16日確認)。再生時間は旧版が約4時間、新版が約4時間40分です。怒りや人間関係を扱う本は、読んでいるあいだに自分の感情も揺れます。家事や移動の合間に聴くくらいの距離感のほうが、落ち着いて受け取れることもあります。
どこから読むか
すぐに役立つヒントがほしい人は、第4章から読んで構いません。脳の仕組みを納得してから実践したい人は、第3章、第4章の順がおすすめです。第2章の日本社会論は、先に書いたように、自分の周りの空気を点検する材料として、距離を置いて読むとよいでしょう。
🎧 中野信子『人は、なぜ他人を許せないのか?』(旧版・新版)
この記事で読み解いた本は、旧版も新版もAudibleで聴けます。怒りや人間関係を扱う本は、読んでいるあいだに自分の感情も揺れるので、家事や移動の合間に聴くくらいの距離感がちょうどいいこともあります。朗読は旧版が約4時間、新版が約4時間40分です。
Audibleのプレミアムプランは、新規なら30日間の無料体験のあと月額1,500円で自動更新され、いつでも退会できます(月額880円のスタンダードプランもあります)。紹介した本は、どちらもプレミアムプランの聴き放題の対象です。登録しただけでは体験にならないので、期間内に一本は再生してみてください。(2026年10月16日に公式サイトで確認)
合わない人もいます。図や表を見ながら読みたい人や、月に1冊も聴く時間がとれない人には、紙の本のほうが向いています。新版は約4時間40分なので、1日30分ずつなら10日ほどで聴き終わります。やめるときは、アプリではなくブラウザのアカウントサービスから手続きします(2026年10月時点)。
はじめて「耳で読む」人へ:目が疲れて、本が読めなくなった40代へ|「耳で読む」という新しい読書のかたち
紙の本で読むなら:新版(文庫、990円)を楽天ブックスで見る(税込。2026年10月17日確認。在庫や価格は変わることがあります)
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よくある質問
Q1. 「正義中毒」とは何ですか?
自分が正しいと確信して他人を攻撃するときに快感が生まれ、それがやめられなくなる状態を、中野信子さんは本書で「正義中毒」と呼んでいます。医学的な診断名ではなく、脳の働きから人の行動を説明するための言葉です。依存症とほとんど同じ認知の構造をしている、と説明されています(p.3、p.6)。
Q2. 正義感が強いのは、悪いことなのですか?
正義感そのものが悪いわけではありません。本書が問題にしているのは、正しさを理由に相手を叩くこと自体が快感になり、相手を正すという目的から離れていく状態です。注意や指摘が必要な場面はあります。そのとき、自分が相手のために動いているのか、気持ちよさのために動いているのかを見分けることが大切です。
Q3. 許せない相手がいるとき、まず何をすればいいですか?
まず、自分が「許せない」と強く感じていることに気づくことです。中野さんは、それを正義中毒のサインとして挙げています(p.163)。すぐに言葉や行動にせず、自分の状態を少し離れて眺めること、つまりメタ認知が出発点になります(p.178、p.204)。
Q4. 年を取ると、人を許せなくなるのは本当ですか?
中野さんは、加齢で前頭前野の働きが落ちると、元からの考えが純化して他の意見を受け入れにくくなる、と説明しています(p.145–146、p.166–168)。ただし脳は経験で変われるとも書いており(p.173)、新しい体験やレッテルを貼らない習慣で、前頭前野を働かせ続けることを勧めています。
Q5. 新版と旧版、どちらを読めばよいですか?
手に取りやすさで選ぶなら、2024年の文庫の新版がおすすめです。本記事のページ番号で箇所を確かめたい人は、2020年の単行本を。漫画で考え方の骨子をつかみたい人には、『まんがでわかる正義中毒 人は、なぜ他人を許せないのか?』もあります。
Q6. SNSの炎上を見ると、心がざわついて疲れます。
本書によれば、SNSは昔からあった「許せない」を目に見える形にし、確証バイアスで増幅させる場所です(p.24–25、p.142–143)。ざわつくのは自然な反応です。炎上を追いかけ続けるより、見る時間を区切る、書き込む前に数秒置く、といった小さな距離の取り方が役に立ちます。
まとめ
『人は、なぜ他人を許せないのか?』が教えてくれるのは、「許せない」は性格の欠点ではなく、脳に組み込まれた仕組みだということです。人の脳は集団を守るために対立するようにできていて、正しさを掲げて誰かを叩くと快感が生まれる。SNSはそれを見える形にし、年齢とともに前頭前野が衰えると、考えはさらに固くなっていく。
けれど本書は、そこで終わりにしません。筆者の言葉で言い直すなら、怒りがわいたその場で、もう一人の自分を呼ぶこと。ふだんの暮らしに、小さな「いつもと違う」を差し込むこと。相手に同じであり続けることを求めず、白黒を決めずに横に並べておくこと。どれも今日から始められる小さな練習です。許せない気持ちを無理に消そうとしなくていい。飲み込まれずに、少し離れて眺める。その距離が、40代の人間関係を少しずつ楽にしてくれるはずです。
――グレイス
参考文献
- 中野信子『人は、なぜ他人を許せないのか?』アスコム、2020年(本文中のページ番号はこの版による)
- 中野信子『新版 人は、なぜ他人を許せないのか?』アスコム、2024年
本記事の説明は著者の議論を筆者の言葉で整理し直したもので、本書に出てくる事例を除き、例は筆者が職場・家族・SNSの場面に置き換えて作成したものです。書籍とオーディオブックの価格・在庫・配信状況は、2026年10月16〜17日時点の楽天ブックスとAudibleの表示にもとづきます。
テーマ:#深く考える